卵子提供と出自の話!子どもに伝える前に考えること

「卵子提供を受けて、ようやく授かった我が子。でも、いつかはこの子に出自について伝えなければならない…」

卵子提供という選択を経て、かけがえのないお子さんを腕に抱いた喜びも束の間、多くの方が「告知」という大きなテーマに直面します。「いつ、どのように伝えれば、この子を傷つけずに済むのだろう」「そもそも、本当に伝えるべきなのだろうか」――。答えの出ない問いに、一人で悩みを抱え込んでいませんか?

こんにちは。生殖心理カウンセラーの田中美咲です。私はこれまで10年間、不妊治療専門クリニックで、卵子提供や精子提供といった第三者が関わる治療を選択された300組以上のご家族の心に寄り添ってきました。その中で、多くのご夫婦が告知について悩み、葛藤されている姿を目の当たりにしてきました。

この記事では、長年のカウンセリング経験と最新の研究結果に基づき、卵子提供で生まれたお子さんへの告知について、親として知っておくべきこと、そして、伝える前に考えておきたいことを、一つひとつ丁寧に解説していきます。この記事を読み終える頃には、告知に対する漠然とした不安が和らぎ、ご自身の家族に合った一歩を踏み出すためのヒントが見つかるはずです。一緒に考えていきましょう。

なぜ「出自を知る権利」が重要なのか

「出自を知る権利」という言葉を聞いたことがありますか?これは、自分が誰から、どのようにして生まれたのかを知る権利のことです。卵子提供によって生まれたお子さんにとっては、遺伝的なルーツを知る権利とも言えます。この権利は、なぜこれほどまでに重要視されているのでしょうか。

子どもの権利としての出自を知る権利

「出自を知る権利」は、単なる好奇心を満たすためだけのものではありません。国際的には、子どもの基本的な人権の一つとして認識されています。すべての子どもが国籍を得る権利や、可能な限りその父母を知り、その父母によって養育される権利を保障した「子どもの権利条約」の第7条第1項にも、その精神は反映されています。日本弁護士連合会も、この権利は憲法第13条が保障する幸福追求権に含まれる重要な権利であると指摘しています。

また、出自を知ることは自らのアイデンティティを形成するための重要な基盤であり、子どもが自らの出自を知る権利は、子どもの権利条約第7条第1項で保障され、憲法第13条に規定される幸福追求権に含まれる権利である。

出典: 日本弁護士連合会「特定生殖補助医療に関する法律案」の慎重な審議を求める会長声明

自分が何者であるかという自己認識(アイデンティティ)は、人が生きていく上での土台となります。自分のルーツを知ることは、その土台を築くための大切なピースなのです。

告知しない場合のリスク

「子どもを傷つけたくない」「平穏な家庭を壊したくない」という思いから、告知をためらう気持ちは、親として当然の感情です。しかし、真実を伝えないことには、どのようなリスクが伴うのでしょうか。かつて、第三者の精子提供による治療(AID)では、「秘密は墓場まで持っていく」のが常識とされていました。しかし、1990年代頃から、偶然に自分の出自を知った子どもたちが、その苦悩を声を大にして訴えるようになったのです。

告知しないことによる主なリスク
1. 秘密による家庭内の緊張感
2. 親への信頼感の喪失
3. アイデンティティの混乱
4. 孤立感
5. 遺伝情報に関する不安

あるクリニックの調査では、偶然に出自を知った子どもたちの多くが、「親は子どもに、精子提供で産んだことを告知すべきだった」「ドナーを知りたい」と訴えたといいます。告知は、子どもが自分自身の人生を、納得して歩んでいくために不可欠なプロセスなのです。

日本の法整備の現状(2026年1月時点)

出自を知る権利の重要性が叫ばれる一方で、日本の法整備はまだ追いついていないのが現状です。ここでは、最新の法案の動向と、先進的な取り組みを行っている団体の活動について見ていきましょう。

特定生殖補助医療法案の状況

2025年2月、第三者の精子や卵子を用いた生殖補助医療のルールを定める「特定生殖補助医療に関する法律案」が国会に提出されました。この法案は、これまで法的な位置づけが曖昧だった第三者生殖医療に一定の秩序をもたらすものとして期待されています。

しかし、子どもの「出自を知る権利」の保障については、大きな課題が残されています。法案では、子どもが成人してから提供者の情報を請求できるとされていますが、開示されるのは身長や血液型など個人を特定しない情報に限られています。氏名や住所といった個人を特定する情報は、提供者が開示に同意した場合にのみ開示されるため、提供者が拒否すれば、子どもは自分の遺伝的な親が誰であるかを知ることができません。この点については、多くの専門家や当事者団体から「不十分である」との声が上がっています。

JISARTの先進的な取り組み

法整備が待たれる中、一部の医療機関では独自の倫理基準を設け、先進的な取り組みを進めています。その代表が、JISART(日本生殖補助医療標準化機関)です。

JISARTは、2008年から非配偶者間の体外受精を組織的に実施しており、2025年3月までに114人のお子さんが誕生しています。JISARTが画期的なのは、子どもの出自を知る権利を重視し、具体的な制度を構築している点です。

JISARTの「出自を知る権利」と「出自の告知」への取り組み

  • 15歳以上の子による提供者情報の開示請求が可能(氏名・住所など)
  • 請求時には個別相談・カウンセリングを提供し、双方に配慮した情報開示を実施
  • 0〜2歳からの早期告知を推奨し、同意・理解を前提に実施
  • 匿名提供でも告知や情報共有を可能な限り支援
  • 実施施設の閉院時にはJISARTが情報を引き継ぐ管理体制を確保

出典: JISART(日本生殖補助医療標準化機関)倫理委員会からの「出自を知る権利」に対する提言

このように、JISARTでは、法的な枠組みがなくても、子どもの福祉を最優先に考えた実践を行っています。これは、これから告知を考える親にとって、大きな希望となるでしょう。

海外の事例:スウェーデンに学ぶ

海外に目を向けると、すでに出自を知る権利を法的に保障している国がいくつもあります。その先駆けとなったのがスウェーデンです。1985年に、世界で初めて、子どもが提供者の身元を知る権利を法律で認めました。

法が制定された当初は、「提供者がいなくなるのではないか」という懸念から、一時的に提供者数が減少しました。しかし、その後、出自を知ることの重要性への理解が社会に広まるにつれて、提供者数は回復。現在では、安定的に制度が運用されています。このスウェーデンの経験は、出自を知る権利の保障と提供者の確保は両立可能であることを示しています。

告知のタイミング:いつ伝えるべきか

「いつ伝えるか」は、告知において最も大きな悩みの一つです。専門家の間では、できるだけ早い時期からの「早期告知」が推奨されていますが、それはなぜなのでしょうか。具体的な年齢ごとのアプローチと合わせて見ていきましょう。

早期告知が推奨される理由

かつては、子どもが物事を理解できる年齢になってから伝えるべきだと考えられていました。しかし、近年の研究では、0歳から2歳といった非常に早い段階から告知を始めることのメリットが強調されています。生殖医療に関するカウンセリングを専門とする才村眞理氏は、その理由を次のように説明しています。

  • 家族の物語として自然に定着する:赤ちゃんは言葉の意味を理解しませんが、親が繰り返し語りかけることで、その話は「我が家の特別な成り立ちの物語」として、ごく自然に家族の歴史の一部になります。
  • 親自身が言葉に慣れる機会になる:いざ伝えようとすると、言葉に詰まってしまったり、うまく説明できなかったりするものです。早い時期から練習することで、親自身が告知というテーマに慣れ、落ち着いて話せるようになります。
  • 「いつ話そう」というプレッシャーから解放される:告知を先延ばしにすると、「いつか言わなければ」というプレッシャーが常に親にのしかかります。早期に始めることで、その重荷から解放され、より伸び伸びと子育てに向き合えるようになります。

年齢別のアプローチ

告知は一度きりのイベントではありません。子どもの成長に合わせて、対話を重ねていく長いプロセスです。以下に、年齢別の告知アプローチの例を示します。

年齢アプローチのポイント具体的な伝え方の例
0~2歳親密な時間(授乳、お風呂、寝かしつけなど)に、愛情を込めて語りかける。意味は分からなくても、親の温かい声のトーンが安心感を与える。「ママのお腹に来てくれてありがとうね。優しい人が、ママに卵さんのプレゼントをくれたんだよ。」
3〜5歳シンプルで肯定的な言葉を選ぶ。絵本などを使いながら、家族の成り立ちの物語として伝える。「〇〇ちゃんが生まれるためには、特別な種が必要だったんだ。優しいお姉さんが、その種をプレゼントしてくれたんだよ。」
6〜12歳子どもの質問に正直に、具体的に答える。生殖の仕組みについても、年齢に合ったレベルで科学的な事実を伝える。「パパとママだけでは赤ちゃんを授かれなかったから、ドナーさんという人が卵子を提供してくれたんだ。そのおかげで〇〇が生まれたんだよ。」
思春期遺伝的なルーツについて考える時期。アイデンティティの探求をサポートし、提供者情報へのアクセス方法など、より詳細な情報を提供する。「自分のルーツについて色々と考えたい時期だよね。いつでも話を聞くし、もしドナーさんの情報が知りたくなったら、一緒に方法を探そう。」

大切なのは、どの年齢であっても、子どもからのサインを見逃さず、対話の扉を常に開いておくことです。

告知の方法:どのように伝えるか

「何を、どのように伝えるか」は、タイミングと並んで重要なポイントです。ここでは、特に難しいとされる乳幼児期への語りかけ方と、伝える際の心構えについて解説します。

0~2歳への語りかけ方

言葉の意味が分からない赤ちゃんに、どうやって伝えればいいのでしょうか。大切なのは、内容そのものよりも、親の温かい気持ちを伝えることです。前述の才村氏の研究では、お風呂の時間や寝かしつけの時など、親子がリラックスして触れ合える時間を活用することが勧められています。

【語りかけの例文】

「〇〇ちゃん、本当に可愛いね。パパとママ、あなたのことが大好きだよ。」
「パパとママのところに来てくれて、本当にありがとう。実はね、〇〇ちゃんが生まれるためには、とっても優しいお姉さんが、ママに大切な卵のプレゼントをしてくれたんだ。だから、〇〇ちゃんはパパとママと、そしてそのお姉さんの、たくさんの愛情を受けて生まれてきた、特別な宝物なんだよ。」

赤ちゃんは言葉の意味を理解できなくても、親の愛情に満ちた声のトーンや、優しい眼差しから安心感を得ます。そして、親自身も、こうして繰り返し語りかけることで、出自の物語を自分の言葉として自然に話せるようになっていくのです。

伝える際の心構え

子どもに伝える際には、以下の点を心に留めておくと良いでしょう。

  • 肯定的で正直な姿勢で伝える:「隠し事」や「残念なこと」という雰囲気ではなく、「あなたを授かるための素晴らしい方法だった」というポジティブな姿勢で伝えましょう。
  • 提供者への感謝を示す:提供者を「卵子をくれた人」と表現するだけでなく、「私たちの家族になるのを助けてくれた、とても親切な人」として、感謝の気持ちを込めて話すことが大切です。
  • 子どもが特別な存在であることを強調する:「他の子と違う」のではなく、「たくさんの人に望まれて生まれてきた、特別な存在なのだ」というメッセージを伝えましょう。
  • 夫婦で一貫した態度をとる:告知の方針について夫婦でよく話し合い、どちらか一方だけが話すのではなく、二人で子どもに向き合うことが重要です。

告知前に親が準備すべきこと

告知は、思い立った時にすぐにできるものではありません。子どもに向き合う前に、親自身がしっかりと準備をしておくことが、成功の鍵を握ります。

親自身の心の準備

何よりもまず、親自身が卵子提供という事実を心から受け入れ、肯定的に捉えられていることが大切です。もし、親の中に「言いにくい」「負い目がある」といった気持ちが残っていると、その不安は子どもにも伝わってしまいます。

  • パートナーとの対話:告知の方針、タイミング、伝え方について、夫婦で納得がいくまで話し合いましょう。意見が違う場合は、なぜそう思うのか、お互いの気持ちを尊重しながら対話を重ねることが重要です。どちらか一方に任せるのではなく、「夫婦共通の課題」として捉えましょう。
  • 専門家への相談:生殖心理カウンセラーなどの専門家は、親の心の準備をサポートするプロフェッショナルです。自分の気持ちを整理したり、漠然とした不安を言葉にしたりすることで、心が軽くなることもあります。

情報の整理

子どもが成長するにつれて、より具体的な質問をしてくるようになります。その時に備えて、必要な情報を整理し、いつでもアクセスできるようにしておくことが大切です。

準備しておくべき情報具体的な内容
提供者に関する情報医療機関から受け取った提供者のプロフィール(身体的特徴、人種、学歴、趣味、提供の動機、子どもへのメッセージなど)を大切に保管しましょう。
治療に関する記録治療を受けたクリニック名、治療の経過などを記録しておきましょう。
情報開示に関する手続き将来、子どもが提供者の個人情報を知りたいと希望した場合に、どのような手続きが必要になるのか、事前に医療機関に確認しておくと安心です。

これらの情報は、子どもが自身のルーツを理解するための重要な手がかりとなります。

サポート体制の構築

告知は、家族だけで抱え込む必要はありません。信頼できるサポート体制を築いておくことで、親の精神的な負担を軽減することができます。

  • 専門家とのつながり:かかりつけのカウンセラーを見つけておくと、告知の過程で悩みが生じた時にいつでも相談できます。
  • 当事者コミュニティ:同じ経験を持つ家族と繋がることも、大きな支えになります。オンラインのコミュニティや患者会などで、情報交換をしたり、悩みを分かち合ったりすることができます。
  • 信頼できるエージェンシーの情報収集:海外で卵子提供を受けた方は、エージェンシーのサポート体制や実績についても事前に確認しておくことが重要です。モンドメディカルの評判など、実際の利用者の声を参考にすることも役立ちます。

家族・親族への対応

告知は、夫婦と子どもだけの問題ではありません。祖父母となる両親や兄弟姉妹など、身近な親族とどう向き合うかも考えておく必要があります。

親族に告知するかどうか

親族に伝えるかどうかは、非常にデリケートな問題であり、決まった答えはありません。それぞれの家族の価値観や関係性によって、判断は異なります。

  • 伝えるメリット:子育てにおいて親族の理解と協力が得られやすくなります。また、子どもが親族から意図せず真実を知ってしまうリスクを避けることができます。
  • 伝えるデメリット:親族が卵子提供について理解できず、否定的な反応を示したり、関係がぎくしゃくしてしまったりする可能性があります。また、秘密を守ってもらえず、周囲に話が広まってしまうリスクも考えられます。

夫婦でよく話し合い、自分たちの家族にとって最善の選択は何かを考えましょう。

親族に伝える場合の注意点

もし親族に伝えることを決めたなら、伝え方には細心の注意を払いましょう。

  1. タイミングを選ぶ:妊娠中や出産直後など、相手が冷静に話を聞けるタイミングを選びましょう。
  2. 夫婦そろって伝える:夫婦の総意であることを示し、真剣な気持ちを伝えます。
  3. 正確な情報を提供する:卵子提供について正しく理解してもらうために、必要であれば専門的な資料なども用意しましょう。
  4. 協力をお願いする:今後、子どもにどのように接してほしいか、具体的な協力をお願いしましょう。「私たちの前では、その話題に触れないでほしい」「子どもには、私たちから話す」など、明確なルールを決めておくことが大切です。

専門家のサポートを活用する

告知の道のりは、決して平坦ではないかもしれません。一人や夫婦だけで悩まず、積極的に専門家のサポートを活用しましょう。

生殖心理カウンセリングの役割

生殖心理カウンセラーは、不妊や生殖医療に特化した心の専門家です。カウンセリングでは、以下のような相談ができます。

  • 告知に対する不安や葛藤の整理
  • 夫婦間の意見調整
  • 具体的な告知プランの作成
  • 子どもへの伝え方のロールプレイング
  • 告知後の子どもの反応への対応

全国には、生殖心理カウンセリング研究所のように、第三者提供に特化した相談機関もあります。早い段階から相談することで、安心して告知に臨むことができます。

医療機関や当事者コミュニティ

治療を受けた医療機関が、JISARTの加盟施設のようにフォローアップ体制を整えている場合は、積極的に活用しましょう。また、同じ経験を持つ親たちが集う当事者団体やオンラインコミュニティも、貴重な情報源であり、心の支えとなるでしょう。

まとめ

今回は、卵子提供で生まれたお子さんへの告知について、子どもに伝える前に考えておきたいことを詳しく解説しました。

告知は、多くの親にとって、大きな覚悟と勇気がいることです。しかし、それは子どもが自分自身の人生を肯定し、親子の揺るぎない信頼関係を築くための、かけがえのない贈り物にもなります。

【この記事のポイント】

  • 出自を知る権利は子どもの基本的な人権であり、アイデンティティ形成の土台となる。
  • 告知しないことには、親子の信頼関係を損なうなどのリスクが伴う。
  • 0歳から2歳の早期告知が、家族の物語として自然に受け入れられるために推奨されている。
  • 告知は一度きりのイベントではなく、子どもの成長に合わせた継続的な対話が重要。
  • 親自身の心の準備と、専門家や当事者コミュニティなどのサポート体制が不可欠。

告知の道のりに、唯一の正解はありません。大切なのは、ご夫婦で十分に話し合い、専門家の力も借りながら、自分たちの家族に合ったペースで、誠実に子どもと向き合っていくことです。

この記事が、あなたの家族の第一歩を、そっと後押しできれば幸いです。

最終更新日 2026年2月2日 by ksig2019